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初稿

築85年超えの古民家へ、移住初日。なぜ私たちはここへ辿り着いたのか


薄暗く、静かな土間に足を踏み入れた瞬間、家特有の古木の香りが鼻をくすぐりました。生い茂る草木に囲まれた佇まいは、まるで長年この地で営みを続けてきた「生き物」のよう。光が差し込む縁側は、古いガラスと軒下の影が不規則な模様を刻み、私たちを出迎えるかのようにささやいているようでした。

この古民家は、築85年以上。思わず年輪を数えたくなる太い梁や、手で何度も磨かれた痕跡が残る柱、すり減った床板に残る傷跡は、かつてここで暮らした人々の時間と息遣いを今にも伝えます。建物の歴史は私たちよりも遥かに長く、その器の中で、どれほどの笑顔や涙が交差してきたのでしょう。

なぜこんな不便そうな地へ移り住んだのか、と周囲から問われることがあります。確かに、この家に中央暖房もなければ、最新式のキッチンもありません。インターネット回線も、まだ整備はこれから。けれども私たちは、これまでの効率的で合理的な生活を一度リセットしたかったのです。自然の光と風、家が軋む音、夜の静寂、そのすべてを「自分たちの暮らしのリズム」に取り込むため、この場所を選びました。

初日はやはり戸惑いの連続です。畳の端から小さな虫が顔を出し、外の納屋で何かが動く気配がしたり、隙間風が頭上を抜けたり。都会で慣れた生活感覚では、この家はまだ「理解しきれない存在」。けれど夫婦二人、少しずつこの空間に馴染み、共に過ごす時間が増えれば増えるほど、この古民家が私たちに何を語りかけてくれるのか、その声が聞こえる日がくるはずです。

今日はまだ始まったばかり。明日、明後日、そしてこれから何十日、何百日と、この古民家と共に過ごす中で、新たな発見や戸惑いが次々と舞い込んでくるでしょう。続く記事では、私たちの生活が、この古民家との対話を通じて、どのように変わっていくのかをじっくりお伝えしていきます。どうか、この不思議な旅路に、あなたもお付き合いください。