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トポロジカル量子の夜明け

みなさんこんにちは。今日は量子計算機に関する大きなニュース記事になります。

量子コンピュータは近年急速に研究開発が進み、IBMやGoogleをはじめとする企業が超伝導量子ビットで大規模化を競っています。また、イオントラップ方式や中性原子方式など、多様なアプローチが注目を集めています。しかし、マイクロソフトが長年取り組んできたのは、これらとは一線を画す「トポロジカル量子ビット」です。

マイクロソフトは2025年2月、約20年にわたる研究の集大成として「Majorana 1」と名付けられたチップを公開し、量子コンピュータ実用化のタイムラインを“数十年単位から数年単位へ”と大きく短縮できる可能性を示唆しました。

この記事では、このマヨラナ粒子(マヨラナフェルミオン)を利用した量子ビットの特徴と、世界に存在する他の量子コンピュータ方式との比較を整理します。

2. マヨラナ粒子とは? ~量子計算への期待

マヨラナ粒子(マヨラナフェルミオン)は、1930年代にエットーレ・マヨラナによって理論的に提唱された「自分自身が反粒子でもある」という特異な性質を持つ粒子です。通常、粒子と反粒子は対生成すると互いに打ち消し合い消滅しますが、マヨラナ粒子はその区別がつかず、粒子ペアが消えずに共存できる可能性があります。

この「粒子と反粒子を同時に存在させる」「互いに打ち消して消滅させる」といった状態を、量子コンピュータの01に対応させることで量子ビット(qubit)を構築できるという着想が「トポロジカル量子ビット」の原点です。

マヨラナ粒子対という“非局所的”な状態に情報が隠れているため、周囲からのノイズによる干渉が受けにくいとされ、壊れにくい量子ビットとして大いに期待されています。

3. マイクロソフトの発表:「Majorana 1」チップの内容と意義

2025年2月、マイクロソフトは約20年にわたる研究の成果として、初のトポロジカル量子プロセッサ「Majorana 1」を発表しました。このチップは超伝導ナノワイヤー上でマヨラナ粒子(ゼロモード)の存在を直接検出し、そのペアを量子ビットとして利用するための基盤技術を確立したとされています。

Majorana 1の注目点

  • エラー発生率の低減
    マヨラナ粒子由来の量子ビットは、従来の超伝導やイオン方式に比べて著しく低い誤り率が確認されていると報じられ、詳細は近く科学誌『Nature』に発表予定です。

  • 超高精度な測定技術
    超伝導ワイヤーの電子数が「10億個か、10億+1個か」を識別できるほど高感度な読み出しを実現。観測が難しかったマヨラナ粒子の情報を正確に取り出す技術的ブレイクスルーが達成されています。

  • 実用化ロードマップ
    大規模量子コンピュータの実用化は、数十年先ではなく数年単位になった」とマイクロソフトは強調。今後、複数ビットでのエラー耐性やゲート操作(ブレイディング)実験を進め、最終的に100万量子ビット級の高スケーラビリティを視野に入れています。

4. 現在主流の量子コンピュータ方式いろいろ

量子コンピュータの実装方法は一種類ではありません。現在、世界中で開発が進む方式の代表例は以下のとおりです。

超伝導量子ビット方式

極低温で超伝導になる回路上にジョセフソン接合を設け、そこに人工的な「原子」を作り出す方式です。

  • 利点: 量子ゲート操作が高速であり、既存半導体プロセスを応用できるためビット集積しやすい。
  • 課題: コヒーレンス時間(量子状態が保たれる時間)が短く、ノイズ耐性が低い。大規模化には大量の物理ビットによる誤り訂正が必要。

IBMやGoogle、Rigettiなどが先行して数百ビット規模のプロセッサを開発しており、実用レベルの誤り耐性確立を目指しています。

イオントラップ(トラップドイオン)方式

真空中にイオン(帯電した原子)を電磁的に閉じ込め、そのスピンやエネルギー準位を量子ビットとする方式です。

  • 利点: 個々のイオンが同一性を持ち、コヒーレンス時間が長く、非常に高精度の量子ゲートが実行可能。
  • 課題: ゲート操作がミリ秒オーダーと比較的遅く、大規模化にはトラップを複数連携させるなど複雑な構成が必要。

IonQやQuantinuum(旧Honeywell)が代表的プレイヤーで、数十ビット規模の実機をクラウド提供しています。

中性原子方式

電荷を持たない原子(例:ルビジウムなど)をレーザー光で冷却・トラップし、リュードベリ状態(高励起状態)を利用して相互作用させる方式です。

  • 利点: 一度に数百〜千個規模の原子を並べて制御できるため、スケーラビリティが高い。電荷を帯びていない分ノイズの影響が少ない。
  • 課題: レーザー光学系による大規模な並列制御はまだ技術的ハードルが高く、ゲート精度も発展途上。

Atom ComputingやフランスのPasqal、QuEraなどが積極的に研究開発を進めており、「ダークホース」として注目を集めています。

フォトニック(光量子)方式

光子(フォトン)を量子ビットとして用いる方式。

  • 利点: 室温で動作し、光ファイバーによる長距離通信と親和性が高い。量子ネットワーク(量子暗号など)との統合が見込める。
  • 課題: フォトン同士は相互作用しづらく、大規模ゲート回路の実装が困難。大規模化には高度な光回路技術やエラー補償が必須。

カナダのXanaduやPsiQuantumが大規模光量子チップを目指しています。

トポロジカル量子ビット方式

マイクロソフトが取り組む方式で、マヨラナ粒子(準粒子)のペアに量子情報を分散して格納します。

  • 利点: 情報が2つの粒子に“分散”することで、局所的なノイズに強い。エラー率が極めて低い理想的な量子ビットが実現できる可能性がある。
  • 課題: マヨラナ粒子そのものを生成・制御する難度が非常に高く、実験的な実証は始まったばかり。これが本当に大規模化できるかは検証段階。

成功すればエラー耐性・スピード・スケーラビリティの3拍子をそろえた「ゲームチェンジャー」となる可能性がありますが、リスクも大きい研究領域です。

5. マイクロソフトの戦略と、主要企業の取り組み比較

量子コンピュータ業界はいま、IBM・Googleなどの超伝導勢と、IonQ・Quantinuumなどのイオントラップ勢、Atom Computing等の中性原子勢が先行し、さらにマイクロソフトやAmazonが複数技術をクラウドで提供するという構図になっています。

  • IBM
    超伝導量子ビットで数百ビット規模のプロセッサを開発し、Qiskitなどオープンソース環境によるエコシステムを推進。誤り耐性とビット拡張の両立がロードマップの核心。

  • Google
    2019年に53量子ビットの「Sycamore」で量子超越性を主張し話題に。引き続き超伝導方式で誤り訂正や大規模化の実験を進める。

  • マイクロソフト
    トポロジカル量子ビットに大きく賭けつつ、Azure Quantumを通してIonQやQuantinuumのマシンにもアクセスを提供する「二段構え」の戦略。

  • Amazon
    独自ハードは未公表だが、AWS「Amazon Braket」にてIonQ(イオン)、Rigetti(超伝導)など複数方式を同一プラットフォームで利用可能に。長期的には自社開発技術を投入する可能性も。

  • IonQ/Quantinuum(旧Honeywell)
    イオントラップ方式の代表格で、ゲート精度の高さや全ビット相互作用の自由度を強みにクラウドサービスを展開。

  • Rigetti
    超伝導方式のスタートアップ。50ビット程度の中規模チップをクラウド提供し、マルチチップ化などスケーリングを模索。

  • その他
    Intelはシリコン中の電子スピンを利用した量子ドット方式を研究。D-Waveは量子アニーリング専業で数千ビット相当のマシンを既に商用化(ただし汎用ゲート型とは異なるアプローチ)など、多彩な研究がグローバルに進んでいる。

6. 各方式の強み・弱みと今後の展望

方式

強み

弱み

今後の展望

超伝導

- 高速ゲート(ナノ秒オーダー)

- 半導体技術を応用して集積化しやすい

- コヒーレンス時間が短くノイズに弱い

- 絶対零度近い極低温環境が必要

- 既に数百ビット規模の開発が進行中

- 誤り耐性を確立すれば最初に大規模化する可能性

イオントラップ

- 非常に高い精度、長いコヒーレンス

- 全ビット同士の直接相互作用が可能

- ゲート操作が遅い(ミリ秒オーダー)

- 大規模化でトラップ構成が複雑化

- 中〜大規模化へ向けたモジュール連携研究が盛ん

- 特定アプリケーションで先行普及もあり得る

中性原子

- 大量の原子を同時に制御可能

- 電荷がないためノイズ影響が比較的少ない

- ゲート操作・レーザー制御の精度向上が課題

- 技術成熟度がまだ低い

- 大規模化が急速に進み「ダークホース」的存在

- 量子シミュレーションなどで実績拡大中

フォトニック

- 常温動作し、量子通信と親和性高い

- 大規模ネットワーク化が容易

- 光子の相互作用が弱くゲート実装が困難

- 光損失や検出誤差との戦い

- 中長期的に大規模光量子チップが狙い

- 量子暗号・通信で先行実用も期待

トポロジカル

- ノイズ耐性が極めて高く誤り訂正コストが低い可能性

- 超伝導技術をベースに高速動作も期待

- マヨラナ粒子の安定生成・制御が非常に困難

- 実用化はまだ初期段階で高リスク

- マイクロソフトのMajorana 1で検証進行中

- 成功すれば「ゲームチェンジャー」となる潜在力

今後の展望

  • 複数方式の共存・ハイブリッド化
    1つの量子コンピュータが全てを担うとは限らず、たとえば「超伝導+イオン」を組み合わせ、演算部と長時間メモリを分担するなどハイブリッド機構も考えられます。

  • プラットフォームの台頭
    AWSやAzure Quantumのように、どの方式が勝っても対応できる「クラウド基盤を押さえる」戦略が力を増しています。

  • トポロジカル方式の“大化け”への期待
    マイクロソフトによれば、数年以内に複数ビットを使ったマヨラナ粒子の“ブレイディング”実験を行い、安定した量子ゲートが実証されれば一気に大規模化が可能になるかもしれません。しかし依然として物理的困難は大きく、10年以上の長期的視野で見守る必要があるとする専門家も少なくありません。

7. まとめ

量子コンピュータ分野は現在、まさに「夜明け前」とも言える段階です。

超伝導やイオン方式など既存アプローチが着実に性能を引き上げる一方、マイクロソフトのトポロジカル量子ビットは「誤り耐性」「高速動作」「スケーラビリティ」のすべてを理論的に兼ね備える技術として特異です。

今回の「Majorana 1」チップ発表が実証研究を更に加速し、他方式とのレース展開がどう変わるのか、注目を集めています。

ここ数年のAIの急速な発展によって、おそらく数年のうちに私たちの計算機観が一変するほどの革命が起こり得ます。

マヨラナ粒子による量子ビットが先に大規模化を実現するのか、あるいは超伝導やイオン、中性原子などが先に実用段階へ踏み出すのか、あるいは複数方式のハイブリッド構成へ向かうのか。

いずれにせよ、量子コンピュータの歴史的転換点となる時期が近づいていることは確かです。今後の動向にもぜひ注目していきましょう。

8. 参考URL

  1. Microsoft overcomes quantum barrier with new particle | Computer Weekly
  2. MSが量子コンピューター用チップ公開、エラー発生しにくい性能 | ロイター
  3. Microsoft Quantum | Types of qubits
  4. Microsoft's Majorana Topological Chip -- An Advance 17 Years in The Making | The Quantum Insider
  5. Microsoft's Big Bet on Majorana Pays Off with New Topological Quantum Chip | HPCwire
  6. Neutral-atom quantum computers are having a moment | Physics World
  7. Quantum Computer Battle Royale: Upstart Ions Versus Old Guard Superconductors | Forbes
  8. Comparing Neutral-Atom Quantum Computing With Other Modalities | The Quantum Insider
  9. Riverlane hires ex-White House scientist for quantum research | Sifted